カポエイラの歴史
カポエイラアンゴーラ
Bimbaが『カポエイラ ヘジョナウ』を確立していった一方で、本来の『カポエイラ』を残していこうという動きも起きました。その中心となったのが『Mestre Pastinha(本名Vicente Ferreira Pastinha)』です。
彼は、1941年に『Centro Esportivo de Capoeira Angola』を設立しました。そして今までにあった『カポエイラ』を整理し、それまで決まっていなかった楽器の編成(ビリンバウ、大、中、小の3つを使い、パンデイロ2つ、アゴゴ、ヘコヘコ、アタバキ)や服装(黄色黒のTシャツを正装とし、靴を履く)等、現在の『カポエイラ アンゴーラ』の基盤を作りました。
ところで、Pastinhaは『カポエイラ アンゴーラ』の創始者というわけではありません。そもそも『カポエイラ アンゴーラ』という言葉は『カポエイラ ヘジョナウ』に対抗してできたもので、それ以前は単に『カポエイラ』とか『カポエラージェン』等と呼ばれていました。また、現在の『カポエイラ アンゴーラ』のスタイルはグループの差こそあれ、ある程度定着していますが、当時の『カポエイラ アンゴーラ』は、高い姿勢のスタイルであったり、ダンス的、あるいは格闘技的だったりと多種多様でした。
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